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2025.06.10
【個人の所得税】事業用資産の買換え特例とは|令和8年3月まで延長、活用のポイントを解説

店舗の移転や工場の建て替え、賃貸アパートの刷新、農業の規模拡大などを検討している方にとって、個人の所得税における「事業用資産の買換え特例」は、税負担を大きく軽減できる重要な制度です。
この記事では、個人事業主や不動産オーナーの方を対象に、「事業用資産の買換え特例」について、制度の概要・最近の改正内容・具体的な活用例、注意点を解説します。
資産の売却で譲渡益が発生する可能性のある方は、本制度をご理解いただくことで、税負担の最適化とスムーズな事業展開に繋げることができます。
制度の概要|事業用資産の買換えに伴い課税繰延べできる
制度概要
「事業用資産の買換え特例」は、個人が事業のために(不動産貸付業や農業なども含む)、長期間保有していた土地や建物などを売却し、新たな事業用資産に買い換えた場合に、譲渡益にかかる所得税の課税を将来に繰り延べることができる制度です。
具体的には、譲渡益のうち一定割合については課税が猶予され、将来的にその買換資産を売却するまで税金の納付を繰り延べることができます。この結果、資金繰りや資産再編の柔軟性が高まります。
活用例
活用例1:店舗の移転・拡張
状況: 長年経営してきた手狭になった商店(土地・建物)を売却し、より交通の便が良い場所にもっと広い土地を購入して新しい店舗を建設する。
活用: 古い店舗の売却で得た利益(譲渡所得)にかかる税金の大部分を、新しい店舗を取得するまで繰り延べることができます。これにより、売却代金の多くを新しい店舗の購入・建設費用に充てることができ、自己資金の負担を軽減できます。
活用例2:事務所から工場への買い替え
状況: 都心にある事務所を売却し、その資金で郊外にもっと広い土地を購入して工場を建設し、生産拠点を移す。
活用: 事務所の売却益にかかる税金を繰り延べることで、新しい工場の建設資金をスムーズに確保できます。事業内容の変化に合わせて、より適切な資産へと効率的に買い替えることが可能になります。
活用例3:賃貸アパートの買い替えによる収益性の向上
状況: 築年数が古くなった木造の賃貸アパート(土地・建物)を売却し、その資金で駅の近くに鉄筋コンクリート造の新しい賃貸マンションを建設する。
活用: 古いアパートの売却益にかかる税金を繰り延べ、その資金を元手に、より収益性の高い新しい賃貸物件を取得することができます。不動産賃貸業の事業規模を維持・拡大していく上で非常に有効です。
活用例4:農地の買い替えによる規模拡大
状況: 所有中の農地を売却し、その資金で別の場所にある、より規模の大きな農地を購入して農業規模を拡大する。
活用: 売却した農地の利益にかかる税金を繰り延べることで、手元資金を減らすことなく、効率的に規模の拡大を目指せます。
適用対象となる資産と要件
(1)譲渡資産の要件
・国内に所在する土地、建物、構築物であること
・所有期間が10年超であること
・継続的に事業の用に供していること(賃貸等も含む)
(2)買換資産の要件
・同様に国内に所在する土地、建物、構築物等
・売却年の前年1月1日から売却年の翌年12月31日までに取得
・取得後1年以内に事業に供すること
・買換える土地の面積が、売却土地の面積の5倍以内
加えて、買換資産の取得時期に応じて、以下の通り手続きと事前の届出が必要です。特に、令和6年4月1日以降の取引には新たな届出が義務付けられており、最大の注意点です。
取得時期 |
必要な手続き |
提出期限 |
---|---|---|
① 譲渡した年の前年(先行取得 |
「先行取得資産に係る買換えの特例の適用に関する届出書」を税務署へ提出 |
取得した年の翌年3月15日 |
② 譲渡した年と同じ年 |
【令和6年4月1日以降の譲渡・取得から適用】「特定の事業用資産の買換えの特例の適用に関する届出書」を税務署へ提出 |
譲渡の日によって異なる |
③ 譲渡した年の翌年 |
買換えの意思などを記載した確定申告書を提出 |
譲渡した年の確定申告期限 |
参考:
国税庁 No.3405 事業用の資産を買い換えたときの特例
国税庁 A4-10 先行取得資産に係る買換えの特例の適用に関する届出
国税庁 A4-8 特定の事業用資産の買換えの特例の適用に関する届出(令和6年4月1日から)
このように、買換資産を先に取得する場合(先行取得)や、譲渡した年と同じ年に取得する場合には、確定申告の前段階で届出書の提出が必要です。事前手続を行わないと、特例が適用できなくなるため、譲渡と取得のスケジュール管理が重要になります。
制度改正の動向|令和5年度改正のポイント
地域間の移転内容 |
課税繰延割合 |
---|---|
東京都特別区→地域再生法の「集中地域」以外 |
80% → 90% |
地域再生法の「集中地域」以外→東京都特別区 |
70% → 60% |
計算方法
①譲渡資産の譲渡価格が買換資産の取得価格より高い場合
業用資産を売却した際、売却金額よりも買い換えた資産の取得価額が高い場合は、売却金額に一定割合(通常は20%、条件により10%・25%・30%・40%)を掛けた金額を「収入金額」として計算します。
収入金額の計算
売却価額 × 20%
(※課税割合はケースにより10%、25%など異なる場合もあります)
必要経費の計算
(譲渡資産の取得費 + 譲渡費用) × 20%
譲渡所得の計算
収入金額から必要経費を引いた金額が、最終的な譲渡所得となります。
具体例
<前提>
売却価額:3億円
買換資産の取得価額:5億円
譲渡資産の取得費:9,000万円
譲渡費用:1,000万円
<計算>
収入金額: 3億円 × 20% = 6,000万円
必要経費: (9,000万円+1,000万円) × 20% = 2,000万円
譲渡所得:6,000万円 − 2,000万円 = 4,000万円
②譲渡資産の譲渡価格が買換資産の取得価格以下の場合
事業用資産を売却した際、売却金額よりも買い換えた資産の金額が少ない場合には、売却金額と買換資産の金額との差額に加え、買換資産の金額に一定割合(通常は20%、条件により10%・25%・30%・40%)を掛けた金額を合計したものを「収入金額」として計算します。
収入金額の計算
(売却価額 − 買換資産の取得価額)+ (買換資産の取得価額 × 20%)
※課税割合はケースにより10%、25%など異なる場合もあります。
必要経費の計算
(取得費 + 譲渡費用) × (収入金額 ÷ 売却価額)
具体例
<前提>
売却価額:5億円
買換資産の取得価額:3億円
譲渡資産の取得費:8,000万円
譲渡費用:2,000万円
<計算>
収入金額: (5億円 − 3億円) + (3億円 × 20%) = 2億6,000万円
必要経費: (8,000万円+2,000万円) × (2億6,000万円 ÷ 5億円) = 5,200万円
譲渡所得:2億6,000万円 − 5,200万円 = 2億800万円
制度活用における留意点
制度の適用には複数の要件があり、ひとつでも条件を満たさないと繰延べが認められません。
「使えると思っていたのに、要件を満たさず適用不可だった」となるケースも考えられます。
制度活用をご検討の際は、以下のチェックリストと照らし合わせをしてみてください。
チェックリスト
・売却・取得スケジュールが適用期間内か
・資産の用途と面積制限を満たしているか
・地域間移転における課税繰延割合の変化を理解しているか
・購入後すみやかに事業の用に供されるか
・必要な届出や添付書類が整っているか
・買換資産の取得時期に応じた届出書を、定められた期限までに提出できるか
また、組み合わせや本人の所得状況によっては買い替え特例のメリットがない場合もあります。
要件を満たしているか、制度活用の有利・不利を判断するためにも、検討の初期段階から税理士へ相談しましょう。
まとめ
「事業用資産の買換え特例」は、譲渡益に対する税負担を将来に繰り延べることができる極めて有効な制度です。 ただし、適用には複数の要件を満たす必要があり、税制改正による繰延割合の変化や、適用期限の存在も考慮しなければなりません。
今後の事業展開や資産再編、事務所移転、老朽資産の更新などをご検討の際には、制度の適用可否を早期に確認しましょう。
税理士法人AOIみらいでは、制度の適用可能性の診断、スケジュール設計、税務申告までサポートしています。「自分の事業は対象になるか」「今のうちに売却・買換えを進めた方がよいか」、このようなお悩みがございましたら、お気軽にご相談ください。